<2010.2.7のメッセージ> メッセージ:小山師
モーセの十戒の意義
出エジプト記20章
モーセの十戒の意義は、律法の意義と言っても良いのですが、次の三つがあります。
1.神とはどういう御方かを教える(神のご性質を教える)
日本の神々や古代ギリシャの神々は道徳的にでたらめです。
しかし、聖書は律法をとおして、本物の神様は聖く、正しく、完全であることを
教え示しています。
2.人間に罪を自覚させ、キリストを求めさせる
律法は本当に高い基準の戒めであり、誰一人、完全に守った人はいません。
神はなぜ守ることのできないような律法を与えられたのでしょうか。
(1)人の罪を明らかにするため
律法が与えられた第一の理由は、人の罪を明らかにするためでした。
新約聖書において一番よく使われている「罪」に対する原語は、「ハマルティア」です。
これは「的はずれ」という意味です。
例えば、弓で的に向かって矢を放ちますが、失敗して的をはずす。
それが罪だというのです。
(2)的とは何か
律法が的です。参照 Tヨハネ3・4、ローマ3・23
「罪を犯している者はみな、不法を行なっているのです。
罪とは律法に逆らうことなのです。」
(3)キリストを求めさせる
律法は私たちを自己への絶望へと追いやります。
自分自身を救うことができないことが分かる時、人は真実にキリストを求めるように
なります。
参照 ローマ7・24、ガラテヤ3・24
3.人間の霊と魂と体を危険から守ろうとする神の愛の配慮
特に第五戒から十戒までは、人間関係について教えており、自らの命と他人の命を
守る役目を果たしています。
神は私たち一人ひとりをご自身のかけがえのない宝とみなしてくださっています。
私たちの命が守られ、幸福な人生を送ることを願っておられるのです。
(最後に)律法を成就されたイエス・キリスト
(1)十字架におけるイエス・キリストの死
十戒のほんの一つであっても、厳密な精査を受けるならば、
完全に守ることは人間のちからでは不可能です。
私たちが罪赦され、神の子として堂々と神の前に出て行くことができるよう、
イエス様は私たちの罪を全部背負って身代りに死んでくださったのです。
90点の人にとっては、足りない10点をイエス様が負ってくださり、
10点の人にとっては、90点をイエス様が補ってくださったのです。
ですから、罪の増し加わるところには、恵みもみちあふれたのです。
(参照 ローマ5・20)
(2)キリストご自身の内住と御霊の働き
神は、私たちの内に宿ってくださったイエス様の御霊により、私たちを罪の力からも
解放してくださるお方なのです。
私たちの側では、日々御霊に自分自身を委ねて、この方の力に支えられ導かれることが
可能なのです。
コロサイ1・27、ローマ5・5、ガラテヤ5・16、ガラテヤ5・25