<2010.6.20のメッセージ>   メッセージ:辛 兄

神に喜ばれること


 ヘブル 11:4〜6
 カインとアベルはそれぞれ違うささげ物を主にささげました。
 しかし、主は、アベルのささげ物には目を留められ、カインのささげ物には目を留められ
 なかったのです。
 その理由はささげ物の良さによってではありません。
 彼らが主にささげ物をささげる時の心と信仰によるのです。
 特にカインは主に地の作物を持ってささげましたが、主が目を留められなかったとして
 ひどく怒りました。これはあり得ません。
 被造物の人間が、創造主である神様に対して怒ってもいいようなことは、絶対にあり得ま
 せん。
 ささげ物が主に受け取られなかった時は、神の側ではなくて、自分の側に何が問題であった
 のか振り返って悔い改めなければなりません。
 私たちは自分の祈りが聞かれなかったり、献金やささげ物が神に喜ばれることがなかったら
 神を恨みます。
 しかし、真の礼拝者はいつでもどこでも神を信頼します。
 そのような信仰が神に喜ばれることです。
 アベルのささげ物が主に受け入れられたのは、彼が信仰によって主にささげたからです。
 アベルを通して神に喜ばれる心の状態は信仰であることを教えられているのです。
 次はエノクを通して、神に喜ばれる私たちの行いは、神と共に歩むことであることを教えら
 れているのです。
 ヤコブ書に「行いのない信仰はむなしい」と記されています。
 ですから私たちが神に喜ばれるためには、先ず神を心から信じて神の愛を世に表し、神と
 共に歩む人生です。
 このような真理は肉の父においても天のお父さんにおいても同じです。
 どうかいつでもどこでも神に喜ばれることができるように生きていきましょう。