<2012.1.29のメッセージ> メッセージ:辛 師
平和と聖めを追い求めることT
ヘブル 12:14−17
国連の長年の努力にも関わらずまだ世界には平和がありません。
それはまことの「平和の君」であるイエス・キリストを認めないからです。
聖書が教えている救いは、個人的にイエス・キリストを救い主として受け入れること
です。
同様に国の指導者が平和を宣言しても私自身の心の平和とは関係ありません。
ですからまことの平和は人間それぞれの心の平和ですが、それは私たち罪人が神様と
平和の関係である時に与えられるものです。
イエス様が地上に来られた理由は神様と人との間に、まことの平和を与えるためです。
エペソ2:14、16
「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、
また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。
敵意は十字架によって葬り去られました。」
すべての人は罪人です。
このことが分からなくて、なぜ私の心と私の家庭には平和がないのだろうと考えても、
答えはありません。
私は人を殺したこともなく、物を盗んだこともありませんと言っても私たちは皆、
イエス・キリストを十字架に釘付けた罪人です。
イエス様は義人を呼ぶために来られた方ではありません。
自分が罪人であることを認めて、悔い改める者に神様の救いの恵みは与えられます。
ローマ 5:8
「しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった
ことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」
もし天皇が、ある日本人の罪のために代わりに死んでくださったとしたら、日本でそれ
ほどのビッグニュースはないと思います。
まして天地万物を造られた神様が、私たち一人一人のために死んでくださったことは
どれほどビッグニュースでしょうか。
それは測り知れない神様の愛です。
クリスチャンは実際にその愛を受けた者です。
神様は私たちが受けたその素晴らしい愛を、人のためにも分かち合うことを願っておら
れる方です。
人の存在目的は神様を愛し、神様の栄光のために生きることですが、それと同時に神様が
御子イエス・キリストのいのちを、お与えになるほど愛された他の人をも愛することです。
「シャローム」ということばには「神様との平和の関係があなたにもありますように」
という神学的な意味があります。
罪のために神様と敵対関係であった私たちが、イエス・キリストによって平和の関係に
なりました。
その素晴らしい平和と愛を受けた私たちは、これから今まで敵対関係であったり、愛せ
なかった人と新しく平和の関係となり、愛するべきではありませんか。