<2017.2.5のメッセージ>   メッセージ:小山 大三 師

幸いな人


 詩篇1篇
 詩篇を書いた著者の1/3は上明で、分かっている限り、最低7人の書き手がいます。
 そのうちの一人であるダビデ王は、73篇分の詩篇を書きました。
 詩篇は、ヘブライ語で『テヒリィーム』と吊付けられています。
 『テヒリィーム』とは、原語で『賛美の歌』という意味です。
 しかし、そこには神と共に歩む人が体験するさまざまな感情が、生々しく書かれています。
 喜びや感謝の心だけではなく、憤りや恐怖、後悔や失望した心によって執筆された詩篇も
 数多くあります。


1.幸いな人の条件を詩篇は教えている
 詩篇1篇は、詩篇全体の要約になっていると言われています。
 詩篇は全体として神を恐れ神を愛することで与えられる祝福された幸いな人生を勧める一方、
 神に逆らう罪の生活を送ることで破滅に至ることを警告する内容となっています。


2.幸いな人の条件
 1:1 『幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に
 着かなかった、その人。』
(1)消極的条件 ― 幸いな人になるためにしてはならないこと
 神が教えておられる幸いな人、幸福な人はどんな人でしょう
 『悪者のはかりごとに歩まず』、『罪人の道に立たず』、『あざける者の座に着かなかった』
 人です。
 『あざける者の座』に着いた人は、神の道に立っている人や神のはかりごとに歩んでいる人
 たちを傍観して、あざける人です。
 ごう慢で、神に聞くことなく、すべての事において自分が主体になっている人です。
 すべての決定権を神に委ねることが必要です。
(2)積極的条件
 1:2『まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。』
  ①主の教えを喜ぶ(神の言葉を喜んで受け入れる)
   参照 詩篇119:9
    私たちが御言葉を喜びとしているとき、私たちは自ずと神の憐れみの中に導かれます。
   神の憐れみの中で罪の悔い改めをすることができ、罪から離れることができます。
  ②主の教えを口ずさむ(神の言葉を思い巡らし、記憶する)
   『口ずさむ』は『思い巡らす』とか『心に留める』と言い換えることができます。
   私たちはいつも何を口ずさんでいるでしょうか。
   私たちがお金と時間を一番使っているところが、私たちが一番喜びとしている所を示し
   ています。


3.『昼も夜も』
 『昼も夜も』を一日中と受け取ることもできますが、同時に『明るい時も暗い時も』
 あるいは『幸いな時も上幸な時も』と受け取ることもできます。
 どのように困難な時でも、神は創造の神であり、無から有を呼び起こすことのできる
 お方であることを覚えましょう。
 ・アブラハムとサラの失敗 ― イシュマエルの誕生と後の問題


4.信仰のもたらす祝福
 1:3a『その人は、水路のそばに椊わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は
 枯れない。』
 主の教えを喜びとし、それを思い巡らす結果が、ここに書かれているとおりです。
 ヨセフは、兄弟たちに裏切られ、エジプトで奴隷になり、偽りの証言によって牢獄に入れ
 られ13年間も自由を奪われていましたが、そこでも決して『枯れない』人生を歩みました。
 主につながり、主から力を得、牢獄の中でも人々に光を放っていたのです。


5.1:3b『その人は、何をしても栄える。』
 『何をしても栄える』とは、『何をしても良い結末を迎える』、『何をしても大変良い結果
 に終わる』とも訳せるそうです。参照ローマ8:28
 ヨセフは牢獄の中から13年後に出ることができ、パロの夢を解き明かしたことでエジプトの
 大臣になり、国を富ませ、一族をも救うことになりました。
 ・故鈴木留蔵さんの生涯から
  (『そのなすところみな栄える』鈴木留蔵著、いのちのことば社発行)