<2017.4.2のメッセージ>   メッセージ:小山 大三 師

洞穴の中で主を賛美せよ


 詩篇34篇
1.詩篇34篇の背景 ― サウル王のねたみとダビデの試練(表題から)
 この詩はダビデが敵の王に捕まえられるという危機を逃れたときに歌われたものです。
 そのことはⅠサムエル21:10~15に書かれています。
 ダビデは、サウル王から追われており、サウルの手から逃れるため、ユダヤの敵であった
 ペリシテの町に逃れました。
 そして、危機一髪の状況に陥ってしまいましたが、そのとき、とっさに、気の狂った人の
 ふりをして、この危機を逃れました。
 英雄ダビデにふさわしくない、実にみっともない、恥かしい姿です。
 しかし、神は、そんなダビデを救い出してくださいました。
 ダビデはこの経験を通して、ますます神の前にへりくだりました。
 そして、自分を誇る気持ちなどひとかけらもない純粋な賛美に導かれたのです。


2.洞穴の中でのダビデの賛美 (34:1~3)
 詩篇34篇は、最初に『賛美』を教えています。
 この詩を作ったダビデは『私はあらゆる時に主をほめたたえる。』(1節)と言い、
 『私とともに主をほめよ。共に、御吊をあがめよう。』と、まわりの人々によびかけて
 います。
 これは、ダビデが立派だったから、リーダシップを発揮して、人々に神を賛美させたという
 のではありません。
 詩篇34:2に『私のたましいは主を誇る。貧しい者はそれを聞いて喜ぶ。』とある通り、
 賛美は、自分が霊的にどんなに貧しく、乏しい者かを知っている人の口から出てくるの
 です。
 ・パウロとシラスの暗闇の経験 (使徒16:25~26)
  パウロとシラスはピリピの牢へ入れられた時、暗闇の中で神に祈りつつ賛美の歌を
  歌った。
 ・ヨナの経験(ヨナ2:1~10)
  大魚の腹の中は暗く、臭く、海藻はからみつき、そこには死の恐怖さえもあった。
  しかし、その中でヨナは神に感謝し、賛美の声をあげた。
  主はヨナの祈りを聞かれた。


3.ダビデの祈り(34:4~10)
 ペリシテの王から逃れたダビデはその後、『アドラムのほら穴』と呼ばれるところに隠れて
 住みました。
 ダビデは、サウル王から追われる身でありながら、彼のもとに身を寄せてきた人々を守り、
 養わなければなりませんでした。
 ダビデは自分のためだけでなく、人々のためにも祈りました。
 4節に『私が主を求めると、主は答えてくださった。私をすべての恐怖から救い出して
 くださった。』とあり、5節の前半に『彼らが主を仰ぎ見ると、彼らは輝いた。』と
 あります。
 ダビデとともにいた人たちが苦しみに遭ったときには、ダビデが彼らのために熱心に祈り、
 そして、人々が救われていきました。
 問題が起こったとき、熱心に神に祈るよりも、目に見える助けに走り、神のわざを見る
 ことができなくなってしまいます。
 教会もある程度人数がいて、経済的にも大丈夫だと、真剣に祈らなくても活動や行事が
 進んでいきます。
 そこでは『若い獅子も乏しくなって飢える。しかし、主を尋ね求める者は、良いものに
 何一つ欠けることはない。』(10節) というみことばの成就を見ることができないのです。
 ・レイヨ・ブルメンダール師の証し・・・奥さんがリンパがんであることを知った時、3日間
  食事を食べる気がしなく、電話に出る気もしなく、部屋に閉じこもっていた。
  3日後、こんなことをしていてはいけないと感じ、主に目を向け始め、解放された。


4.ダビデの信仰(34:11~22)
 信仰とは『主を恐れること』であると教えています。
 『主を恐れること』は、頭の中だけで、『神は主である。』ということを認めていれば
 よいものではありません。
 神を主として生活することです。


5.平和を求めたダビデ(34:12~16)
(1)ダビデは、サウル王を殺すチャンスがありながら殺さなかった。
 Ⅰサムエル24:3~7、Ⅰサムエル26:6~23
(2)パウロの教え
 ローマ12:14~21
(3)主イエスの十字架のこと
 Ⅰペテロ2:20~24