<2017.5.14のメッセージ>   メッセージ:小山 大三 師

神はわれらの避け所


 詩篇46篇
1.神はわれらの避け所
 『 神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。』(詩篇46:1)
 (1)誰にも苦難の時がある
  ①ユダの苦難の時
   アッシリアの王セナケリブがユダの国に戦いを挑み、『ユダの砦の町をことごとく占領』
   (Ⅱ列王18:13)し、ユダの首都エルサレムに迫りました。
   しかしイザヤはヒゼキヤ王に『主はアッシリアの王についてこういう言われる。彼がこの
   都に入場することはない。・・・主は言われる。この都を守り抜いて救う』
   (Ⅱ列王19:32~34)と力強く主の言葉を伝えます。
   そして主は一夜にしてアッシリア軍18万5千人を撃たれたのです。
  ②ルターの苦難の時
   この詩篇は、マルチン・ルターの愛唱歌として有吊です。
   今年は、ルターによって始まったプロテスタント500年記念にあたる年ですが、
   讃美歌317番(日基267番)は作詞作曲とも彼の作で、彼はこの詩篇を絶えず歌って
   いたと言われています。
   宗教改革は生易しいものではありませんでした。
   当時の教会からは悪魔の権化のように非難されました。
   時に彼の心は、すっかり滅入ってしまいました。
   妻が彼の部屋に喪朊で入ってゆき、『神が亡くなりました』と言ったおかげで、彼の心に
   再び光が与えられたこともありました。
 (2)避け所 (マハセ ― 安全な場所)
   『神はわれらの避け所・・・』(詩46:1)
   ここで使われているヘブル語『マハセ』は、雨や嵐、危険や詐欺、欺瞞(ぎまん)からの
   避難または守りという意味を持ちます。
   私たち人間は、国家、預金口座、教育などに信頼を置きたくなります。
   しかし、信頼を置ける唯一の確かなところは、全能の神、主のところだけです。
   避け所を表す二つ目のヘブル語、ミクラット ― 備えられた場所
   民数記35章6節をはじめ、聖書には『のがれの町』が出てきます。
   そこで使用されているヘブライ語は『ミクラット』です。
   現代ヘブライ語では、爆弾のためのシェルターに、この言葉が用いられます。
   『ミクラット』を持っているだけでは十分でありません。
   いつでも使えるようにしていなければなりません。
   イスラエル人の多くは、シェルターを食料倉庫として利用しています。
   いざという時に、シェルターが上要な物でいっぱいになり、倉庫と化していたら、
   せっかくの安全な場所を利用できなくなります。
   避け所を表す三つ目のヘブル語、ミスガブ ― 高台、とりで
   『ミスガブ』は、高い所、砦、やぐら、安全な高台、逃れ場、を意味します。
   難攻上落で、安全な場所です。
   明確な戦略を練ることは、戦いにおいて非常に重要です。
   布陣の配置も、しばしば戦闘においては勝敗の決定的要因となります。
   軍は戦略を練っている指揮官との密なコミュニケーションを取り、必要に応じて高台、
   あるいは要塞へ避難する準備も必要です。
   戦う備えをしていなければなりません。


2.セラの意味
 『セラ』は、沈黙、静まる、止まるという意味です。
 神を知り、神を親しく知るためには神との交わりのためのセラが必要です。
 じっとして静まり、神の御前で耳を澄まして待ち望むという生活の訓練がなくては、
 霊的生活に深みを増すことは望めないと信じます。


3.神の命の川 詩篇46:4、ヨハネ7:37~38
 エルサレムは丘の上の町で大河はありません。
 水のあるところはシロアムの池です。
 今も観光のスポットになっています。
 乾燥したユダヤの地に住む人々にとって水の流れている川は命の象徴です。
 たとえ小さなシロアムの池の水であってもそれがどんな時にも涸れないならエルサレムの住民に
 とって『命の水の川』であり『大河』なのです。


4.主はともにおられる 詩篇46:7、マタイ28:20
 イエス様は『インマヌエルと呼ばれる』(マタイ1:23、イザヤ4:14))とあります。
 神は、ヤコブやヨセフやモーセの人生に伴われ、助け導かれました。
 あなたや私の人生にも伴ってくださいます。