<2017.5.28のメッセージ>   メッセージ:小山 大三 師

救いの喜びの回復


 詩篇51:10~17
 2017年10月31日が来ますと、宗教改革記念五百年になります。
 ルターはヴィッテンベルグの大学教会の扉に『九十五カ条の提題』と後に呼ばれるように
 なった九十五の訴えを貼り付けました。
 その冒頭はこのような言葉ではじまります。
 『わたしたちの主であり、師であるイエス・キリストが〔悔い改めよ〕と言われた時、
 それは信じる者の全生涯が悔い改めであることを求められたのである。』
 宗教改革というのは、悔い改めるべきことを悔い改めるのだというところから始まったわけ
 です。
 ルターは後で『日ごとの悔い改め』と呼び、毎日悔い改めをすることが大切なのだと言った
 のです。
 詩篇51篇は、罪を悔い改めた人の心を慰めるために書かれた詩篇です。
 ダビデは、自分の心の中にある救いようのない罪深さを直視し 、そこからさえ救うことの
 できる神の力とあわれみの大きさを発見しています。


1.喜びは信仰のバロメーター
 (1)聖霊のご臨在のしるしは喜び 詩篇16:8~9
 (2)主は民に喜んで仕えて欲しいと願っておられる
   詩篇110:3、Ⅱコリント9:7、申命記28:47
 (3)喜びを奪う三つの原因
  ①疲れ
  ②思い煩い マタイ6:26~34
  ③律法主義的な思い
  ④罪 詩篇32:3
  ⑤サタンの攻撃


2.ダビデの罪 (Ⅱサムエル記11~12章)
 (1)怠惰に陥ったダビデ
  いくさが起こりましたが、ダビデはその責任をすべて部下に任せ、自分はエルサレムの
  快適な宮殿に留まっていました。
  昼寝をし、夕暮れ時に起き上がり、王宮の屋上を歩いていると、一人の美しい女性が体を
  洗っている姿を目撃しました。
  モーセの律法に基づき、聖めの儀式の一環として体の部分的な汚れを水で流していたと
  考えられます(Ⅱサムエル11:4、レビ15:19~30)。
  彼女の美しさに惹かれ、身元を調べると、ヘテ人ウリヤの妻であることがわかりました。
 (2)情欲に負けたダビデ
  情欲に負け、王である権力を悪用し彼女を宮廷に招き、関係を持ち家に返しました。
 (3)罪を隠そうとしたダビデ
  その後、バテ・シェバが妊娠したことを知らされ、自分の行為を隠すために、兵士ウリヤを
  呼び返し、家に帰るように言いますが、イスラエル軍が戦っている最中に帰ろうとしません
  でした。
  そこで将軍に手紙を書き、ウリヤが前線に出て死ぬようにさせました。


3.ダビデの悔い改め
 この事件が起ってからしばらく後のこと。
 ダビデの友人であり、預言者であったナタンが神によって送られ、ダビデを訪ね、ダビデの
 罪を糾弾しました。
 ダビデは自分の罪の大きさに気づき、そこで神の前でへりくだり、神に赦されることを願い
 ました。
 聖書が教える悔い改めには三つの要素があります。
 第一に、罪を認めること。
 第二に、罪を悲しむこと。
 第三に、罪を言い表すことです。
 (1)罪を自らの責任に帰している(1節~4節)
 (2)原罪にまで言及(5節~9節)
 (3)救いの喜びの回復を求めよう


4.神は砕かれた魂を受け入れられる (詩篇51:16~17)
 ダビデが取り戻したかった楽しみと喜びは、救いの喜びです。
 この世にあるものを楽しむ喜びではなく、自分が罪から救われたことに対する喜びです。
 ダビデはおそらく、自分が犯した罪によってエルサレムに異変が起こることを予期していた
 のでしょう。
 けれども、アブシャロムもアヒトフェルも死んだ後に、ダビデはエルサレムに戻ることが
 できました。
 エルサレムに平穏が取り戻され、いけにえの儀式も再開しました。
 ダビデのこの祈りは神に聞かれたのです。(参照 詩篇51:18~19)