<2017.6.4のメッセージ>   メッセージ:小山 大三 師

心を注ぎ出す祈り


 詩篇62:1~12
 詩篇62:8『民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の前に注ぎ出せ。
 神はわれらの避け所である。』


1.試練の中にあって神を待ち望むダビデ (62:1)
 ダビデは『私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。1節)』と
 語っています。
 この詩もおそらくアブシャロム反逆の時に書かれたものであろうと言われています。
 誰の人生にも試練があり、砕かれる時があります。
 ダビデはもはや崩壊寸前の城壁のようで、降伏も秒読み段階に入り、何もかもが終わって
 しまいそうな状況にありました。
 そうした中で、ダビデは、自分の守りであり、砦であり、助けである神の現実に目を向けて
 います。


2.執拗な人間関係の問題に苦しむダビデ (62:3~4)
 息子アブシャロム、そしてかつての自分の議官であったアヒトフェルが、ダビデを王位から
 突き落とそうとたくらんでいます。
 彼らにこびへつらっている多くのイスラエル人もいます。
 彼らの間では、なめらかな言葉、祝福の言葉が交わされていたことでしょう。
 しかし心の底にあるのは呪いです。


3.心を注ぎ出す祈り (62:8)
 待ち望むことは何もしないことではありません。
 『こころを注ぎ出して祈る』という積極的な態度が求められています。
 こころを注ぎだしてということばは『空にして』という意味をもっています。
 そうであれば、空っぽになるまで神様に向かって語りなさい、求めなさい、願いなさいと
 いう意味になります。
 それほど信仰の世界は積極的なのです。
 神を待ち望むことは、祈りの中で神の御旨を聴き続けていくプロセスに他なりません。
 心を注ぎだすような祈りはやがて私たちを、『私の望みは神からくる』との告白へと導き
 入れます。
 神からの望みが私の望みとなるのです。


4.ハンナの信仰 Ⅰサムエル1:1~20
(1)人生には試練がつきもの
 クリスチャンでも試練に会います。
 詩篇34:19には、『正しい者の悩みは多い。』とあります。
(2)あなたにもいらいらすることがありますか
(3)サタンは試練を通して、神を恨むように誘惑する
 人が神の愛を疑うようになれば、サタンの思うつぼです。
(4)いらいらする状況の中で、あなたはどのような反応をしますか
 もしあなたがハンナなら、・・・
  ①ペニンナと大げんかをする
  ②夫にやつあたりをする
  ③ペニンナの子どもをいじめる
  ④陰湿な態度で、仕返しをする
  ⑤その他
(5)心を神の御前に注ぎ出せ Ⅰサムエル1:10~15
  ハンナは、このような状況において主の前に心を注ぎ出しました。


5.上可能を可能にされる神 Ⅰサムエル1:18~20
(1)主は近づく者に近づいて下さる 1:18
(2)上可能を可能に変える神
 サムエルの誕生。
 信じるとは、私の今までがどんなものであろうとも、あるいは今の状態がいかにあろうとも、
 語りかけられた御言葉を何よりの確かなものとして生きることです。
 今までの状態から主は解放して下さいます。