<2017.8.27のメッセージ>   メッセージ:小山 健 師

天の御国のたとえ


 メイン聖書箇所:マタイ25:14~29
 ・ギリシア語で、タラントンの意味は、量り。ある量のお金、特に金や銀。
 ・この箇所は『賜物』の例えではなく、『天の御国』の例えとして書かれている(25:14)
 ・神の国=①わたしたちのただ中にある神の国、②キリストの再臨と共に来る神の国


1.神様こそが私たちの主人である
 ・私たちがこの地上でもっているもの、この命も、賜物も、才能も、時間もすべて、主の御手
  にある
 ・私たちは、この本当の主人を見失ってはいけない
 ・陥りやすい2つの間違え
  ①自分自身こそが主人だと思うこと
  ②お金や与えられているものを主人とすること
 ・私たちは神のほかに偶像を作ってはいけない


2.神様は私たちそれぞれにタラントを与えてくださっている
 1)私たちそれぞれが与えられているものをしっかり理解する必要がある
  ・自分の賜物、能力、財産、時間など
  ・それぞれに与えられているものは様々
 2)私たちは平等には預けられていない
  →主は等しく、愛してくださっている
  →しかし、預けられているものは忠実さによる
  ・1、2人目はえこひいきで多く任されていたのでなく、すでに忠実に歩み、わずかな
   ものに忠実であったから、多く任されていた。


3.私たちは忠実でなければいけない
 1)この例えで一番大切なことは『忠実さ』
  ・主はたくさんもうけたからよくやったと言っていない『よくやった〔忠実な〕しもべよ』
   と言っている
  ・1、2人目のしもべは『私に…ご主人様が預けてくださいましたが』と謙遜している
 2)穴をほって、地の中に隠さない
  ・私たちは与えられたタラントをしっかり用いていく必要がある!
  ・主は必ず再び戻ってこられる。私たちは時間、才能、財産を精一杯用いるべきである
 3)主は忠実なものにさらに与えられる


4.神様は愛のある方である
 ・3人目のしもべは、主人を正しく理解していなかった
 ・このたとえは、イエスの弟子であってもゆだねられているものを生かさなければ滅びに至る
  と言っているのではない、神の愛をまず受け取ることが大前提である
 ・主は最高に愛なる方である。主は失われたものを探すために来られた。


5.私たちは信仰によってタラントを用いていく
 ・私たち全員が忠実である必要がある
  →アブラハム(へブル11:8~16)
 ・今、預けられているものが多いか少ないかではない
 ・私たちが忠実に生き続けるときに、地に埋めないときに、私たちは信仰によってこの地を、
  まだ見ぬ地を得ていくことができる