<2017.9.3のメッセージ>   メッセージ:小山 大三 師

低い者を顧みられる主


 詩篇138篇
1.主から力を受ける秘訣(1~5節)
(1)感謝
 クリスチャン作家であった三浦綾子さんは、『私には死ぬという仕事がある』ということを
 言いましたが、その仕事のなかに『心を尽くしてすべてのことを感謝する』という仕事が
 あると思います。
 死を前にして、自分にかかわるすべてのことについて感謝することは大いなる仕事です。
 『自分が生きている』ひとつのしるしは『感謝できない』ということにあります。
 反対に、『自分に死んでいる』しるしは、すべてを感謝することができるということです。
 ダビデが苦しんで神様に叫んだとき、神様は天から手を伸ばして、助けてくださいました。
 ですから、ダビデは振り返った時、神様の偉大さと忠実さを見ることができました。
 そして、4節、5節のように歌いました。
 あなたは疑いと戦っているでしょうか。
 あなたの人生を振り返って、神様のあなたに対する忠実さを思い出してください。
 神は今でもあなたと共におられ、あなたを捨てられません。
(2)祈り(2節)
 この時代の礼拝というのは、神殿でささげものを捧げるという礼拝でした。
 その大切な部分は神への感謝です。
 ひょっとすると私たちの礼拝は、神に感謝をささげ、自分を捧げるということよりも、
 御言葉を聞いて、神に恵みをいただくためにやってくるということに強調点があるのかも
 しれません。
 旧約聖書で礼拝を表す言葉は3つあります。
 『シャーハー』・・・『拝む』とか『地にひれ伏す』。
 『アバード』は『仕える』とか『奉仕する』という言葉。
 もうひとつは『カーハール』・・・『集まる』とか『出会う』という意味。
 どの言葉もそうですが、神に対してどういう態度をとるのかということが言われています。
(3)賛美
 賛美する時に、私たちは神様に思いを集中し、自意識から解放されます。
 イスラエルの神は、賛美の中に住まわれます。
 賛美のうちに、主はご臨在を現わし、私たちを強め、励ましてくださいます。
 主に感謝し、祈り、賛美する時に、主は私たちの内面を強めてくださいます。(3節)
 私たちには毎日、本当に予想もしない出来事が次々と起こります。
 そして、私たちの心は弱ります。
 そして、さらに大きな問題は、私たちの心が、この詩篇の言葉で言うとたましいが力を失って
 いっていることに気づかないままに、毎日をすごすことです。
 ゆっくりして何とか気分転換をしようとしても、それがうまくいかないということを味わいます。
 そのような時、神の前にヘリ下り、礼拝することが大切です。
 感謝し、祈り、賛美するのです。
 4節以下は、神に力づけられたらどうなったのかという結果が記されています。


2.低い者を顧みられる主(6節)
 参照 Ⅰペテロ5:6、マタイ23:12、箴言18:12、ピリピ2:3~4
 神は低い者を顧みてくださいます。
 宗教改革者ルターはこう言っています。
 『神は見上げられることがありません。神の上にはなにもないからです。
  神は横を見回すことができません。ご自分に並ぶものはないからです。
  ですから、神はご自分の下をみおろされるだけです。
  それゆえ、あなたのいる場所が、低く、いやしくなればなるほど、あなたをごらんになる
  神のまなざしは、いよいよ輝きます。』


3.苦しみの中を歩むものを生かして下さる主(7~8節)
 主は、苦しみの中にいても救ってくださいます。
 ダビデには敵がいました。
 彼を追うサウル、また彼を滅ぼそうとする息子アブシャロムがいましたが、いずれも主は彼を
 救い出してくださいました。
 また主は、自分に関わるすべてのことを成し遂げてくださいます。
 ダビデは自分に対する神の約束が成就するまで、自分の身を低くしました。
 そして苦しみの中でも助けられていきました。
 その中で、主がご自分の約束を実現していかれました。