<2017.11.5のメッセージ>   メッセージ:小山 大三 師

世界で最初の宗教


 創世記4章
 創世記4・1~7
1.なぜカインのささげ物は受け入れられなかったのか。
 アベルもカインもエデンの園の外に生まれ、堕落したアダムの息子であり、罪人でした。
 生まれつきの罪人という点では、二人の性質に差はなかったと言えます。
 なぜカインのささげ物は退けられ受け入れられなかったのでしょうか。
 ある人たちは、アベルは群れの中から『初子』をささげ、初めのものを神のものとしたので
 受け入れられたと考えます。
 ある詳訳聖書に、カインは『その日の終わりに、残ったものを持ってきた。』とあることから、
 カインは初物をささげなかった。
 そのため神に受け入れられなかったと主張します。
 確かに出エジプト記23章19節には『 あなたの土地の初穂の最上のものを、あなたの神、
 主の家に持って来なければならない。』とありますが、アベルとカインの時代には、まだ
 律法は与えられていませんでしたから、伝統的な解釈である『アベルのささげ物は血のささげ
 物であった』からと考える方が筋が通っているように思えます。
(1)カインのささげ物は、神の御心に反した自分勝手なささげ物であった。へブル11・4
 創世記3章7節と21節を読む時、神はご自身に近づくことのできる手段をアダムとエバに
 教えておられたはずです。
 その手段とは、動物の犠牲をささげることによるものです。
 血を流すことなしには、罪の赦しも神に受け入れられることもあり得ないという原則は、
 律法がモーセを通して与えられる前から聖書の中を流れているからです。
 (参照  創世記8・20、12・7~8、13・18、15・9~10、22・13、
  26・25、35・7)
 神に対するカインの訴えが聞こえて来るようです。
  —『富士山に登るにも何本も道があるじゃないですか。心からのささげ物だし、一生懸命
   汗水流して作った作物ですから、これでいいじゃないですか。』
 宗教とは、人間が考え作り出した神に至る道です。
 キリスト教は、神が啓示しお与えになった神に至る道なのです。
 カインの行ったことは、言わば世界で最初の宗教を作るという行為であったのです。
(2)神は恵みの原則に立っておられる。
 新改訳聖書によると、主へのささげ物を先に持って行ったのはカインでした。
 聖書の救いの原則は、最初に行くことでも、善行を積むことでも、特別な修練を積むことでも
 ありません。 参照 ローマ3・23~28、エペソ2・8~9


2.あなたの心を治めよ
『あなたが正しく行なったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行なって
 いないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それ
 を治めるべきである。』(創世記4・7)参照Ⅰヨハネ3・11~12
 自らの罪と弱さを知り、神に義と認めていただくためには身代わりの犠牲が必要であることを
 カインは明確に認識すべきでした。
 この土台的真理に立つ時、私たちの霊は柔らかくなり、受け入れ難く見える状況の中でも平安
 のうちに対応することが可能になります。
 しかし、自己義に立ち自己義を主張する時、私たちは怒りやすくなって、カインのように自分
 を見失ってしまい、愚かなことをするようになります。
 怒りの原因は、私たちの心の高慢と自己中心的考え方にあります。怒りによって心が支配される
 ままにしておくことによって、しばしば苦味が心に宿るようになります。
 『力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。』(箴言4・23)
 『怒りをおそくする者は勇士にまさり、自分の心を治める者は町を攻め取る者にまさる。』
  (箴言16・32)