<2017.12.3のメッセージ>   メッセージ:小山 大三 師

この世への迎合からの離脱


創世記13章
創世記13:10~18
1.主に立ち返ったアブラム(創世記13・2~4)
 アブラムは、最初に祭壇を築いた所まで帰って行き、主に立ち返り祈りました。
 神はその祈りを聞かれ、その後のアブラムの歩みを大いに祝福してくださいました。
 私たちも自分の誤りに気付いたら、誤る前の所まで帰る必要があります。
 悔い改めて主に立ち返ることなく前進するなら、私たちの人生は悲惨なものになってしまい
 ます。
 私たちの前途を祝そうと主は用意しておられます。
 しかし、主の光に背を向け続けて生活するならば、私たちの人生は決して回復されること
 なく、下り坂を転げ落ちるように永遠の滅びへと向かうことになります。


2.この世への迎合からの離脱(ロトとの離別)
(1)肉に属する人ロト
 ロトは、アブラムのおいでした。
 父ハランを早く亡くしたロトは、何かとアブラムを頼り、尊敬し、アブラムの信仰を見習う
 者となったようです。
 彼はアブラムと共にウルの地を離れ、カランまで行き、さらにカナンの地にまで移り住みま
 した。
 しかし、彼の信仰は伯父のアブラムにより掛かった信仰であり、神の国半分、この世半分と
 いった上徹底なものでした。
 彼は悪人ではなく、また未信者でもありませんでした。
 彼は正しい人であって、後にソドムとゴモラの罪悪のために日々心を痛めて生活しました。
 彼は確かに救いにあずかり、神を信じる者ではありましたが、『肉に属する者』のまま、
 あまり成長していなかったのです。
 『肉に属する者』とは、その霊は生かされ、神の子となり、神との交わりの経験を持つ者で
 す。
 しかし、全生活が聖霊の支配下にあるわけではなく、かえって人間的考えに支配される場合
 が多いのです。
 そのため、神の子供でありながら、しばしば未信者のような歩み方をしてしまうのです。
(2)ロトとの離別
 神の祝福は、アブラムの上にもロトの上にもありました。
 二人とも家畜の群れが大きくなり、放牧地を巡って牧者たちの間に争いが起こるほどになり
 ました。
 アブラムは霊の人として、両者の間に平和を求め行動を起こしました。
 神は平和をつくり出す態度を喜ばれます。
 時にクリスチャンの間において意見や見解の相違を見ることがあります。
 そのような時、平和をつくり出すことのできる者でありたいと願います。
 アブラムは、伯父の立場を利用して、ロトに対して強く出ることもできたはずです。
 しかし、彼が取った姿勢は、第一の選択権をロトに譲ることでした。
 ロトは、恩を受けた伯父に対して謙遜な気持ちを少しも表すことなく、心の中で神の導きを
 祈り求めることもしませんでした。(創世記13・10~13)
 ロトは、自らの欲に従い、家族への霊的配慮をすることもなく場所を選んだので、後に大き
 な悲劇を経験することになりました。
(3)アブラムの信仰と神の約束
 アブラムもロトと同様に『目を上げて』見渡しましたが、アブラムの場合は主の約束された
 土地を見るためにしたことでした。(創世記13・14~17)
 神は12章でアブラムに語られた約束をさらに具体的に示されました。
 『あなたが見渡しているこの地全部を…与えよう。』と言われました。
 神は明確なビジョンをアブラムに与え、それによって彼が生きるようにされました。
 ビジョンのある人は、生き生きと生きることができ、また神の奇跡を見るようになることを
 神はよくご存じなのです。